ヒトメボレ玄米20kgが宮城から届いた。
妻の実家の田圃で出来た。
今は義母の弟が作っている。
我が家は朝昼晩三度ご飯を食べるので、お米はいくらあっても困らない。
もらえるものなら今回のように玄米で貰えれると嬉しい。
買う時も30kgの玄米で買っている。
近所にコイン精米所があるので、食べるだんになってその都度適量を精米している。
やはり精米して時間が経っていない方が美味しい気がする。
ところで何時も弁当を持って行った長男もいなくなったし4月から就職の長女の職場も弁当は不要と思う。
そうなると我が家の米の消費量が大分減るだろう。
今までコシヒカリとミルキークイーンを各30kgずつ買っていたが、今後買う量を少し減らした方がいいだろう。
ところでササニシキからヒトメボレへの転換は簡単に済んでしまった。
かつて妻の実家で栽培していた米はササニシキ。
それが今はヒトメボレ。
今スーパーでササニシキは殆ど見かけない。
かつて新潟のコシヒカリ、宮城のササニシキと人気を二分する二大銘柄だった。
それが1993年(平成5年)の記録的な冷夏により、品種転換のきっかけになった。
この年夏が非常に寒く、宮城でも夏に長袖で済んだ。
米は大不作で「1993年米騒動」といわれた。
結果不評のタイ米をはじめ、オーストラリア・カリフォルニアなどからも米が緊急輸入されスーパーで売られた。
不味いタイ米は、他の米と抱き合わせ販売などもされた。
晩生のササニシキは、壊滅的な不作。
それに対して市場に出てまだ新しかったヒトメボレは、早く熟しササニシキ程の影響は受けなかった。
品質も良いのでその後ササニシキからヒトメボレへ品種交代していった。
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